フィーダリズム(feederism。フィードイズム(feedism)とも呼ばれます)は、過食、体重の増加、そして太っていることのエロス化を中心にした性的なキンクです。これは肥満嗜好(adipophilia、太った体への性的な惹かれ)の一種にあたりますen.wikipedia.org。変わらない特徴に向くフェチが多いのに対し、フィーダリズムが重んじるのは能動的な変化です。一方のパートナー(フィーダー)が、もう一方(フィーディー)の体重が増えるのを後押しすることを悦び、あるいは自分の意思であえて太ることで気持ちを高める人もいます。この記事では、アメリカとイギリスのフィーダリズム研究と現実のデータ——有病率の統計、フィーダリズムの類型、オンラインコミュニティの知見、そしてケーススタディ——を概観し、この惹かれ方について科学と観察可能なデータが何を語るのかを見ていきます。フィーダリズムというフェチについての研究、学術調査、コミュニティの報告、メディア分析をもとに、正確で科学的な見取り図を示します。(なお、この記事は個々人の心理や関係性の力学ではなく、マクロな傾向と肥満嗜好の研究に焦点を当てます。)
フィーダリズムの広がりと知名度
フィーダリズムは、どれくらい一般的なのでしょうか。厳密な有病率データは乏しく——フィーダリズムは比較的ニッチな関心です——それでも、入手できる調査や報告は、一般の人口のなかでは、これがまれであることを示しています。たとえば、ある大規模なキンク調査では、「feedism」は人気の面でかなり低く(自己申告の関心度は5点満点で約0.2点)、一方でタブー感の高さは中程度(5点中3点ほど)と評価されましたreddit.com。言いかえれば、このフェチを積極的に好む人は比較的少なく、好む人自身も、それが主流の外にあると認識しています。実際、研究者たちは、フィーダリズムがそのサブカルチャーの外では「ほとんど知られていない」と指摘していますpubmed.ncbi.nlm.nih.gov。
フィーダリズムを数量的にとらえることは、容易ではありません。一般的な性の健康調査が、それを明示的に尋ねることは、ほとんどないからです。多くの場合、「その他のフェチ」や、広い意味での肥満嗜好にまとめられてしまいます。フェチ系フォーラムを調べたある内容分析は、フィーダリズムがふつう、ありふれた空想ではなく、風変わりで「逸脱的」な性的行動と見なされる、と結論づけましたacademia.eduacademia.edu。キンク愛好者のあいだでさえ、フィーダリズムはより一般的なキンクよりはるかに少なく見えます(比較すると、BDSMやロールプレイのような関心は桁違いに人気があります)。もっとも、コミュニティの内側では、フィーダリズムは相応の支持——オンラインで数千人規模——を得ており、人口比ではまれでも、確かな担い手をもつ独自のサブカルチャーであることがうかがえます。
プラットフォームのデータも、いくらか手がかりを与えてくれます。フィーダリズムに特化したソーシャルサイトは世界で数万人規模の利用者を擁し、活発なフォーラムは小さくとも活気のあるコミュニティの存在を示しています。たとえば、最大級のフィーダリズム系サイトのひとつFantasy Feederは、「あらゆる要素を備えたフィーダリズムの出会い系サイト」と説明され、食べさせることや体重増加の空想に惹かれる人々でにぎわっていますvice.com。体重増加フェチに特化したニッチなサブレディット(たとえば r/gainers や r/feederism)は数万人規模のメンバーを集めており、全体としてはごく少数派であっても、相当数の人がこうした場を求めていることがわかります。研究者のKathy CharlesとMichael Palkowskiは、2015年に、学術文献のなかで最大の標本と自ら呼ぶフィーダーとゲイナーのデータを集めました。主流での認知は低くとも、フィーダリズムは「さまざまなかたちをとる」多様な担い手をもつ、と二人は述べていますvice.comacademia.edu。
まとめると、フィーダリズムというフェチについての科学的研究は、それが統計的にはまれなパラフィリアであるという見方を裏づけています。大規模な一般調査には、ほとんど現れません(たとえば、全国調査で上位に入る空想ではありませんし、主流のポルノサイトのトップ10にも登場しません)。それでも、フィーダリズムには、小さいながら確かな存在感があります。数千人の、自らをフィーダーやフィーディーと認識する人々が専用のコミュニティに集まっており、学術的な注目に値する現実の現象となっています。ある研究者の言葉を借りれば、フェチ系フォーラムはそれを、人口の基準では風変わりであっても、「同意し合う大人にとっての、ごくありふれたフェチのひとつ」として扱っていますacademia.edu。
フィーダリズムの類型:役割とサブカテゴリー
フィーダリズムといっても、ひとつではありません——実践する人たちは、さまざまな役割・強度・シナリオを区別します。その核には、たがいを補い合う二つの役割があります。
- フィーディー(別名ゲイナー):食べさせてもらうこと、度を越して食べること、そして体がより太っていくという空想や現実を悦ぶ人(男女を問いません)ですpubmed.ncbi.nlm.nih.gov。自分の体重が増えることや、食べものでお腹をいっぱいに満たす過程に、気持ちが高まります。ゲイの男性コミュニティでは、フィーディーはしばしば「ゲイナー」と呼ばれますen.wikipedia.org。
- フィーダー(別名エンカレッジャー):多くは食べものを差し出したり、前向きに後押ししたりして、だれかが体重を増やすのを励まし、手助けすることを悦ぶ人ですpubmed.ncbi.nlm.nih.gov。パートナーに食べさせ、その体が広がっていくのを見届けることに、気持ちが高まります。ゲイの男性のあいだでは「エンカレッジャー」という語がよく使われ、一方「フィーダー」は異性愛やレズビアンの文脈で、より多く用いられますen.wikipedia.org。
こうした役割は、流動的であり得ます。フィーダーとフィーディーの両方だと自認する人もいます(ときに「スイッチ」と呼ばれ、あるいは単に一緒に太ること(相互肥満化)を悦びます)。実際、二人がたがいに食べさせ合い、一緒に体重を増やす相互肥満化は、フィーダリズムの一形態として認められていますurbandictionary.comfatliberation.org。コミュニティのメンバーは、実際には「『フィーダー』と『フィーディー』は、たがいに排他的な役割ではない」と述べていますcollectionscanada.gc.ca。カップルが代わるがわる相手を甘やかし、フェチの両側面を体現することもあります。
役割の別だけでなく、フィーダリズムは穏やかなものから極端なものまでの幅をもちます。
- 「ソフト」なフィーダリズムは、おおむね穏やかなかたちを指します——体重が増えることを空想する、生クリームやたっぷりの食事を楽しむ、遊びとして少しだけ太ってみる、といった具合に、心地よい範囲にとどめておくものです。これは空想だけのフィーダリズム——太るという考えはエロティックでも、現実には深追いしない——であることもありますreddit.com。多くの実践者は、体重の大きく永続的な変化ではなく、ロールプレイや、加減されたシナリオ(一時的にお腹を満たすなど)に、キンクをとどめていますfatliberation.org。
- 「エクストリーム」なフィーダリズムは、体重と可動性の限界を押し広げることを含みます。もっとも激しいかたちでは、究極の目標として、自力では動けない状態(介助なしには動けないほど太った状態)になろうとするフィーディーもいます。こうした事例——しばしば「動けなくなるまで食べさせられる女性たち」を取り上げるもの——は、ドキュメンタリーで危険なものとして扇情的に描かれてきましたvice.com。しかし研究は、こうした極端さがきわめてまれであることを示唆します。フィーダリズムの関係の圧倒的多数は完全に合意にもとづくもので、動けなくなることは、たいてい空想のうちにとどめられ、現実的な到達点ではありませんen.wikipedia.org。ある研究では、巨大になるという考えが気持ちを高めることはあっても、「空想を扱うウェブサイトは、その空想がより破壊的な行動につながるという印象を与えなかった」と参加者が確認していますacademia.edu。
ソフトとエクストリームのあいだには、多くのヴァリエーションがあります。
- ライフスタイルか、空想だけか:フィーダリズムを日々の暮らしに取り入れる人もいれば(実際に体重を増やしたり、定期的にパートナーに食べさせたりする——ライフスタイルとしてのあり方です)、ときおりのロールプレイや、映像や創作で味わうオンラインの空想として扱う人もいますreddit.comfatliberation.org。
- 一方向か、相互か:一方向の筋書きでは、専心的なフィーダーが、体重を増やすフィーディーのパートナーを後押しします。より伝統的なフィーダーとフィーディーの組み合わせです。相互肥満化では、すでにふれたように、二人とも肥満化に加わります。フィーダーのネットワークやポリアモリーの関係の例もありますが、こちらは記録が多くありません。
- 強制や支配の度合い:合意にもとづく境界線のなかで、「強制肥満化」の力関係を悦ぶ人もいます——パワープレイの一種として、フィーダーがフィーディーに、ふだんより多く食べるよううながすのです。大切なのは、いわゆる強制肥満化の場面でさえ、このキンクではつねに合意のうえで行われることです(コミュニティでは、同意が明確に重んじられています)feabie.comfatliberation.org。より穏やかなやり方を好む人もいます——フィーダーはただ、支配の要素なしに、たっぷりの食べものと励ましを差し出すのです(ときに冗談めかして「ソフト・フィーディング」と呼ばれます)。
フィーダリズムは、ほかのフェチとも交わります。痛いほど満腹になるまで食べる「スタッフィング(膨腹)」は、それ自体がよくある実践であり、多くの実践者が悦ぶキンクですfatliberation.org。大きな体の人がパートナーの上に座ったり押しつけたりするスクワッシングは、肥満嗜好の一面から派生して、フィーダリズムの場面によく現れますfatliberation.org。フィーダリズムの空想のなかには、妊娠フェチと重なるもの(妊娠にともなう自然な体重増加や体の変化を、高まりの一部として思い描くもの)fatliberation.orgや、膨張の空想と重なるものさえあります。この多様さは、フィーダリズムが一枚岩ではないこと——遊び心のある食のエロスから、変身をめぐる手の込んだ空想まで幅があること——を物語ります。実践者自身の言葉を借りれば、「フィーディーのあり方に、ひとつの正解はない……少しふっくらしたいだけの人もいれば、超巨大を夢見る人もいる」のですfeabie.com。
オンラインでの存在とコミュニティの構成
フィーダリズムは、一般にはなじみが薄いかもしれませんが、オンラインでは活気づいています。インターネットは、アメリカやイギリス、そして世界じゅうの、同じ気持ちをもつ「フィーディスト(feedist)」たちを結びつけ、フォーラムやソーシャルネットワーク、ニッチなポルノのなかに、いきいきとしたサブカルチャーを形づくるうえで、決定的な役割を果たしてきました。フィーダリズムのオンラインでの足あとについて、データと観察が明らかにすることを見ていきましょう。
- 専用サイト:コミュニティの中心は、フィーダリズムに特化したプラットフォームにあります。FantasyFeeder.com(イギリス拠点)は、もっとも人気のあるフィーダリズム系サイトとしてよく挙げられますvice.com。プロフィールをつくり、写真や動画を共有し、体重増加の記録を投稿し、パートナーを探せるソーシャルネットワークとして機能しています。このサイトは「ファット・ポジティブ」を掲げ、あらゆる指向に開かれています——異性愛のフィーディストのカップル、レズビアンのフィーダー、ゲイのゲイナーなど、さまざまです。ただし、特定の層が多数を占めるとの声もあります(これは後でふれます)。もうひとつの大きな拠点がFeabie(フィーダリズムの出会い系アプリ・サイト)で、2018年に、利用者データを分析した詳細なフィーダリズム・コミュニティ・レポートを公開しましたfeabie.com。同レポートによれば、Feabieには世界じゅうに活発なメンバーがおり、大都市圏にもっとも集中していました。活発な利用者の上位3都市はニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドンでfeabie.com、それにシカゴやヒューストンといった、ほかのアメリカ大都市が続きましたfeabie.com。このことは、アメリカとイギリスの双方に、とくに都市部で、確かなフィーダリズムのサブカルチャーがあることをうかがわせます。コミュニティはカナダ(トロントが上位5位に入りました)やその先へも広がっています。
- ソーシャルメディアとフォーラム:専用サイトの外でも、フィーダリズムは一般的なソーシャルプラットフォームに、それとなく現れます。Redditには、フィーダリズム愛好者のためのコミュニティがいくつかあります。r/feederism、r/gainers、r/WeightGainTalk といったサブレディットでは、(多くは成人の)利用者が体験を語り合い、変化の記録写真を共有し、太ることや食べさせることについて助言を交わしています。これらのサブレディットは数千人の購読者を集めています(たとえば r/gainers は、最近の集計でおよそ4万人規模です)。Pornhubなどのアダルト動画サイトも、フィーダリズム関連のコンテンツを扱っており、たいていはBBW(Big Beautiful Women、大きく美しい女性)、食べさせること、体重増加フェチの動画といったカテゴリーに置かれています。フィーダリズムは全体としてポルノ検索の上位には入りませんが、ニッチな存在感は保っています。ファンは「feeding fetish」「stuffing belly」のような語で検索して、関連する動画を見つけます。さらに、Fantasy FeederやCurvageは、このキンク向けの、ユーザー投稿型のエロティックなコンテンツを提供しており、食事の配信をしたり、体重増加のvlogをYouTubeやTikTokのようなプラットフォームに投稿したりする人もいます(コンテンツ方針のため、しばしば穏やかな言い回しに符牒化されています)。
- コミュニティの構成(性別と役割):オンラインの人口構成は、興味深いかたよりを見せます。フィーダリズムの世界は、歴史的に男性のフィーダーと女性のフィーディーという図式で描かれてきました。実際、多くのサイトで男女比にかたよりがあり、女性より男性の参加者が多くなっています。Feabieの内部データは「不釣り合いなほど男性が多い」ことを示しており、それがどのキンクが人気に見えるかにも影響しました——たとえば、利用者層の偏りのために、(多くは男性が好む)胸の膨張が、(しばしば女性が好む)筋肉の増大よりずっと上位に来ましたfeabie.com。女性も確かにコミュニティの一員ですが、多くはフィーディーやモデルとしてです。FantasyFeederは「大きな体の女性と、その愛好者(男性のFA/フィーダー)が大半を占める」と言われますvice.com。一方、ゲイの男性のための並行したフィーダリズムの場も存在します。Grommrや、より古いGainrWeb(1996年開設)といったサイトは、男性どうしのフィーディストの交流に特化していますen.wikipedia.orgvice.com。そのメンバーは大半がゲイの男性(エンカレッジャーとゲイナー)で、1970年代のゲイの「Girth & Mirth」コミュニティから育ちましたen.wikipedia.org。オンラインの風景で目立つ空白のひとつが、女性のフィーダー(男性に食べさせたい女性)のための場でした。Viceの最近の特集が指摘したように、「異性愛の男性ゲイナーと女性のフィーダーに焦点を当てたサイトは、ほぼ皆無」なのですvice.comvice.com。フィーダーであることを悦ぶ女性は、男性の欲望に向けられた「ボーイズクラブ」のように感じられる主流のフィーダリズム系フォーラムで、しばしば居心地の悪さを覚えますvice.com。認識が広がるにつれ、これは少しずつ変わりつつあります。エンカレッジャーとして姿を見せる女性は増えており(なかには、彼氏に食べさせることについてのブログやTwitterのコミュニティを運営する人もいます)、それでもオンラインでは少数派のままです。全体として、オンラインの役割は混在を映しています——異性愛の場では主に男性のフィーダーと女性のフィーディー、ゲイ男性の強いフィーダー/フィーディーの一群、そして(多くは男性のフィーディーと組むか、カップルで一緒に太る)女性のフィーダーの、より小さな存在です。
- キンクの関心と傾向:Feabieのレポートのデータは、フィーダリズム愛好者が何に惹かれるかの雰囲気を伝えてくれます。Feabieでもっとも人気のあるフェチは、成長やサイズに直接かかわるものが多い傾向にあります。実際、上位5つのキンクの関心は、「きつい服・ボタンがはじけること」(1位)、「じらし」(2位)、「ロールプレイ」(3位)、「胸の成長」(4位)、「妊娠線」(5位)でしたfeabie.com。どれも、体がそれまでの枠を超えて広がっていくという考え——シャツのボタンがはじけ飛ぶ、新しい妊娠線が現れるのを見る、など——を含みます。レポートが記すように、このコミュニティでは「成長に特化したキンクが主役」なのですfeabie.com。トップ10の残りは、実践者に今なお人気の、成長以外のフェチの取り合わせでした——スパンキング、BDSM、「不健康になっていくこと」(健康上のリスクをフェチ化するもの)、下着(服が着られなくなることへの関心でしょうか)、そして動けなくなることですfeabie.com。さらに下には、妊娠(13位)、SF的な成長のシナリオ(15位)、さらにはマクロ・ミクロの空想(19位)といったニッチな関心が現れますfeabie.com。このことは、体重増加そのものが主眼でありつつも、多くのフィーダリズムのファンが、軽いボンデージから魔法のような成長をめぐる空想まで、ほかのエロティックなテーマを重ねていることを示しています。「不健康になっていくこと」や動けなくなることが上位20の関心に現れるのも、示唆的です。一部のメンバーは、太っていくことのリスクや極端さをエロス化しています(もっとも、これもたいていは空想のうえでのことです)。
コミュニティの規範という点では、フィーダリズムのオンライン世界は、よそではしばしば厳しく裁かれるフェチのための「安全な場所」であろうと努めています。FantasyFeederは、偏見のないファット・ポジティブな場をうたっていますfantasyfeeder.com。利用者はゲイナー、フィーディスト、FA(fat admirer、太った人の愛好者)といった通称を用い、サブカルチャーとしてのアイデンティティを形づくります。フォーラムには、同意と敬意が何よりも大切だという共通の理解があります——フィーダーは決して境界線を越えたり、応じる気のない相手に迫ったりすべきではない、というものです。新しく来た人はよく基本的な問いを投げかけ(「これって大丈夫? どうすればパートナーを見つけられる?」)、経験者は対話と健康への意識を強調します。これは、空想と現実の心身の健やかさとのバランスをとろうとする、コミュニティの気風を示しています。
現実のコミュニティと同意の規範
インターネットの外で、フィーダリズムは現実にどう現れるのでしょうか。愛好者が地理的に散らばっているため、対面の集まりはオンラインでのやりとりほど多くはありませんが、それでも行われています。長年のあいだに、フィーダリズムのサブコミュニティは、より広いサイズ・ポジティブやキンクのイベントに相乗りし、独自の集まりを催しさえしてきました。
- コンベンションと集まり:ゲイのゲイナー・コミュニティには、現実のイベントの長い歴史があります。1992年には、最初のEncourageConがペンシルベニア州ニューホープで開かれました——要するに、太ることや後押しに関心のあるゲイの男性のためのコンベンションですen.wikipedia.org。以来、Gainer WeekendsやGrommOffの集まりといったイベントが各地の都市(とくに北米とヨーロッパ)で開かれ、男性たちが交流し、大きな体を祝い、ときに安全で仲間内の環境で食べさせるセッションを行ってきました。異性愛の側では、同じ規模の単独の「フィーダリズム・コンベンション」はありませんが、フィーダリズムはしばしばBBW(Big Beautiful Women)のイベントや肥満嗜好のコミュニティと重なります。たとえば、BBWの大きな催しやフェチの会議のかたわらで、フィーダーとフィーディーが対面で会えるパーティーや実践者の集まりが開かれてきました。より古い交流の場としては、(1980年代から続く)Dimensions Magazineのフォーラムがあり、オンラインのコンテンツに加えて、ときおりメンバーの地域的な集まりの橋渡しをしていました。
- 地域のグループ:フィーダリズムの活動が活発な都市(ニューヨークやロンドンなど)には、フォーラムやFetLifeのグループを通じて開かれる、くだけた集まりがあります。数年前、ロンドンの「フィーディストの集まり(Feedist Meetup)」には、FantasyFeederで知り合った実践者たちが小さく集いました。同じように、ニューヨークのキンク・シーンでもフィーダリズムの集まりが開かれてきました——ときには、フィーダリズムへの関心を分かち合う人たちの、テーマを決めたマンチ(レストランでのくだけた顔合わせ)です。こうした対面の集まりは比較的まれで、目立たないままです。フェチをもつ多くの人が、それを内密にしておくか、同好のパートナーを見つけやすいオンラインでのやりとりを好むことを、あらためて示しています。
- 同意と安全の規範:コミュニティでは——オンラインでもオフラインでも——同意は最も大切な原則です。フィーダリズムは、害になり得る行為(過食、大幅な体重増加、体への負担)を含むことがあるため、コミュニティのフォーラムは、どんな食べさせ方や増量の目標についても、当事者全員が積極的に同意しなければならない、と強調します。フィーディーは自分の限界を定めます(どれだけ体重を増やしたいか、あるいは体重増加をロールプレイにとどめるか、など)。FeabieのFAQは、フィーディーに「無理に」食べさせることさえ、このキンクでは「つねに合意にもとづく行為」であるかぎりにおいてのみ行われる、と明言していますfeabie.comfeabie.com。実際、多くの実践者のカップルは、BDSMと同じようにセーフワードや確認の合図を決めています——フィーディーが気分が悪くなったり不快に感じたりしたら、食べさせるのをやめます。健康をめぐるコミュニティの規範もあります。経験豊富なフィーダーは、定期的な健康診断をすすめ、不健康な極端さよりもカロリー密度を重んじるよう促し、より安全に体重を増やす工夫(たとえば、急な体調不良を招かない炭水化物や脂質を優先するなど)を共有することがよくあります。このフェチは本来、体の限界を押し広げることを含みますが、責任あるフィーダーは、パートナーの心身の健やかさを気づかいます(結局のところ、目的はたがいの悦びであって、実際の害ではないのです)。
- アイデンティティと受容:多くの参加者は、フィーダリズムを単なるキンクではなく、自分のアイデンティティの一部だと語ります——なかには、一種の「性的指向」になぞらえる人さえいますfeabie.com。実践者が、体重増加への惹かれに人生の早い時期に気づいた(多くは子どもの頃や思春期に、それを呼ぶ名前を知るずっと前に)と語るのは、よくあることですvice.com。実践者としてカミングアウトすることは、スティグマのために難しい場合があります。だからこそコミュニティは、プライバシーと支え合いを重んじます。イベントでは仮名が用いられ、写真では顔がぼかされることもあり、目立たないよう、新しいメンバーを一部のグループでは確認します。同意は、公の場でのアイデンティティにも及びます。多くのフィーディーは、家族や雇い主にフェチを知られたくないため、パートナーや仲間は、許可なくその人を明かさないよう気をつけます。だれに参加を知らせるかは、それぞれの実践者にゆだねる、というのが規範です。コミュニティの話し合いは、フェチを生きることと日々の暮らしをどう両立させるか——たとえば、体重増加に気づいた、心配する家族への対応や、自分の選択を尊重してくれる医療者を見つけること——をめぐって交わされることがよくあります。
要するに、現実のフィーダリズムのコミュニティは、比較的アンダーグラウンドでありながら、結びつきの強いものです。安全のための作法をBDSMのシーンから、包摂の姿勢をファット・アクセプタンスの輪から借りています。実践者が対面で会うとき、そこにはしばしば「やっと、裁くことなく自分のフェチをわかってくれる人たちに出会えた」という思いがあります。同意と対話は、あらゆる場面で強調されます——フィーダリズムは虐待的だとか、同意にもとづかないものだ、という外の世界の見方への、まっすぐな応答です。コミュニティの内側では、その信条はこう要約できるでしょう。「体も、選択も、フェチも、自分のもの」——かかわる全員が積極的に同意し、この独特なキンクのリスクと報いを承知したうえで、ということですen.wikipedia.orgfatliberation.org。
メディアでの描かれ方と研究の動向
長年、フィーダリズムは人目につかず、扇情的なメディアや、単発のケーススタディに、ときおり顔を出すだけでした。しかし最近は、真剣な研究と、より繊細なメディアの報道の両方が増えています——誤解はなお残るものの、です。フィーダリズムがどう描かれてきたか、そしていまの研究が何を語るのかを見ていきましょう。
- 初期メディアの扇情主義:主流メディアは、もっとも極端な話を通じてフィーダリズムを見つける傾向がありました。悪名高い例が、2005年のオーストラリア映画「Feed」です。男性が女性に、命にかかわるほどの肥満になるまで無理やり食べさせるスリラー・ホラーで、多くの人にフィーダリズムという考えを、しかしきわめて否定的で、同意にもとづかないかたちで知らせました。ドキュメンタリーやタブロイド番組も、劇的な事例に執着してきました。2000年代後半には、TLCの「Strange Sex」やナショナルジオグラフィックの「Taboo」といった番組が、フィーダリズムを取り上げましたvice.com。そこではたいてい、とても大きな体の女性が男性に、動けなくなるまで食べさせられる様子が示され、衝撃の度合いが強調されました(ある「Strange Sex」の回は、公然と世界一太った女性になろうとしたアメリカ人女性Donna Simpsonを取り上げました)vice.comvice.com。たとえばDonna Simpsonは、2007年ごろ、602ポンド(約273kg)に達し、ファンが料金を払って彼女の食事を見られるウェブサイトを運営したことで、メディアの注目を集めましたvice.com。こうした描き方は、フィーダリズムを極端で異様な見世物として枠づけ——しばしばフィーダーは虐待的だとか、フィーディーは被害者だとほのめかしました。同じように、活字の記事もこの枠組みをなぞりました。2009年のBitch Magazineの記事は、フィーダリズムを「『フィーダー』(多くは男性)が『フィーディー』(多くは女性)に体重を増やすよう促すこと」と定義し、性別のステレオタイプを強調しましたvice.com。2010年のGuardianの「太りたいと願う女性たち」と題した記事は、女性のゲイナーの物議をかもす画像を、大胆で、ほとんど政治的な表明として取り上げましたvice.com。全般に、初期のメディアは、女性がフィーダーになり得ることや、男性がフィーディーになり得ることを、めったに認めませんでした——それは男性による支配の産物として描かれ、太った体をめぐるフェチの紋切り型に乗っかっていたのです。
- 女性フィーダーの物語の登場:2011年ごろ、研究者やメディアは「女性フィーダーという奇妙な事例」に気づきはじめましたvice.com。ひとつの節目が、Archives of Sexual Behavior誌に掲載された「Feederism in a Woman(ある女性のフィーダリズム)」と題するケーススタディでしたvice.com。このPubMedに収載された報告は、女性の実践者である被験者(「リサ」)を詳しく記しています。彼女は、実生活で行うことはなく、また自身は太ってもいないのに、パートナーに食べさせることや体重増加について強烈に空想していましたvice.com。著者たちは、これが当時のふつうの性別の期待にそぐわないことから、女性のフィーダリズムが独自のパラフィリアなのかを問うほど、注目に値すると考えましたvice.com。このケーススタディは、学術的な語りの転換点となりました——フィーダリズムへの関心が、男性だけのものでも、ひとつの典型だけのものでもないことを示したのです。その後のジャーナリズムもこれを取り上げました。Vice(2018年)は「男性が体重を増やすのを見て高まる女性たち」を掲載し、複数の女性フィーダーを取り上げ、それまでの言説で彼女たちがいかに見えない存在だったかを浮き彫りにしましたvice.comvice.com。この記事は、フィーダリズムについての初の学術書(2015年)の共著者、エディンバラ・ネイピア大学のKathy Charles博士にインタビューし、それまでの研究やメディアのほとんどが「驚くほど狭く、性別に縛られていた」こと——太ることを女性的、食べさせることを男性的と分類していたこと——を指摘しましたvice.com。Charlesは、大衆メディアがDonna Simpsonのような事例や動けない女性に焦点を当ててきたのは、「男性をフィーディーとして見るよりも……そのほうが面白いから」だと述べましたvice.com。Charlesのような研究者や、女性フィーダーの声のおかげで、語りは広がりつつあります。今日では、女性が熱心なフィーダーになり得ること、そしてすべてのフィーダリズムの関係が「男性フィーダー・女性フィーディー」の型にはまるわけではないことが、率直に認められていますvice.com。
- 学術研究の焦点:フィーダリズムへの学術コミュニティの関心は、まだ芽生えたばかりですが、育ちつつあります。初期の学術的な仕事(2000年代)はまばらで——教科書の一段落や、フェチの一覧のなかのひとことであることが多かったのです。2006年には、ある性に関するハンドブックが、フィーダリズムを「新しい性的な悦びとサブカルチャー」と見なしen.wikipedia.org、それがようやく気づかれはじめたばかりであることをうかがわせました。2010年代までには、より体系的な研究が現れました。
- Lesley TerryやPaul Vaseyといった心理学者は、カナダでフィーダリズムを研究し、先の症例報告と、このフェチについての仮説を検証する追跡研究を発表しました。2012年のTerryらのある研究は、フィーダリズムがふつうの配偶者選好の誇張(たとえば、ふくよかな相手を好むことの極端なかたち)であり得るかを調べましたresearchgate.net。こうした研究は、フィーダリズムがなぜ生じるのか——太っていることへの一般的な惹かれ(モルフォフィリア)に根ざすのか、それともマゾヒズムのような、ほかのパラフィリアと結びつくのか——を理解しようとしました。結論は出ませんでしたが、進化論的・心理学的な理論の文脈でフィーダリズムを考える扉を開きました。
- Ariane Prohaska博士のような社会学者は、フィーダリズムのウェブサイトと、そこにある力関係を分析しました。彼女の2013年の論文(International Journal of Social Science Studies)は、フィーダリズムは「さまざまなかたちをとる」が、しばしば家父長的な性を模倣すると結論づけました——つまり、彼女が観察した多くの筋書きには、支配的な男性と従順な女性がいて、伝統的な性役割を強めていた、というのですacademia.eduacademia.edu。もっともProhaskaは、原理としてはフィーダリズムが逸脱的(体のサイズや食をめぐる規範を破るもの)と見なされることも指摘しました。彼女は、極端なかたちではフィーダリズムが実際に危険になり得ること、「できるだけ早く体重を増やそうとするパートナー(多くは女性)にとって……虐待的」になり得ることに警鐘を鳴らしましたacademia.edu。この種の学術的な批評は、フェミニズムの懸念と響き合います——フィーダリズムは本当にオルタナティブな性なのか、それとも女性の体が男性の悦びのために支配される、また別のやり方にすぎないのか、と。今も続く肥満嗜好の研究はこの問いを探っていますが、コミュニティは、合意にもとづくフィーダリズムは強制ではなく力を与えるものだ、と反論するでしょう。
- フィーダリズムについての初の本格的な学術書、CharlesとPalkowskiによる『Feederism: Eating, Weight Gain, and Sexual Pleasure(フィーダリズム——食べること、体重増加、そして性的な悦び)』は、2015年に出版されましたvice.com。20人を超えるフィーダーとフィーディーへのインタビューにもとづく、これまでで最大の質的サンプルですvice.com。彼らの発見は、多くのステレオタイプをくつがえしました——女性があらゆる役割に存在すること、そして「単純な」男性の捕食者という物語を裏切る、動機の多様さを見いだしたのです。『The Routledge Companion to Beauty Politics』(2021年)もフィーダリズムの章を設け、それがファット・アクティビズムとどう交わるか、そして社会規範に抗するものとも、それを強めるものとも見なせる複雑さを論じていますen.wikipedia.orgen.wikipedia.org。
- もうひとつの新しい焦点が、オンラインの側面です。フェチの活動がインターネットのプラットフォームへ移るにつれ、研究者は、FantasyFeederのようなサイトがどのようにコミュニティやアイデンティティを育てるのかを調べています。FantasyFeederの利用者どうしのやりとりを2019年に分析すれば(あくまで仮の話ですが)、利用者がどう同意を交渉し、たがいを後押しするか、といったパターンが見えてくるかもしれません。フィーダリズムのポルノ的な表象への関心もあります——たとえば、フィーダリズムのエロティカ(物語、クリップ、ゲイナーのOnlyFansのコンテンツ)の広がりが、このフェチをどう当たり前のものにし、広めるのか、といったことです。ここは比較的未開拓の学術領域ですが、フィーダリズムのオンラインでの成長を思えば、デジタルな性のサブカルチャーの文脈で研究されていくことでしょう。
- 変わりゆく世間の語り:近年、メディアの報道はいくらかバランスのとれたものになってきました。ViceやBroadly、さらには女性誌までもが、すぐに裁くことなくフィーダリズムを理解しようとする記事を載せています。今では、合意にもとづくフィーダーとフィーディーのカップルが、それぞれ何を悦ぶのかを語るインタビューも見られます。フィーディーは、自ら発言するためにプラットフォームを使ってきました——たとえば、プラスサイズモデルのGabi Jones(別名「Gaining Gabi」)は、ディスカバリーチャンネルの『Forbidden: Pleasure and Pain』という特番に出演し、食べることや体が大きくなることに性的な高まりを感じることを、包み隠さず語りましたdrmarkgriffiths.wordpress.comdrmarkgriffiths.wordpress.com。Gabiは、フィーディーとしての歩みをキャリアに変え、料金を払って彼女の食事を見る、オンラインの数千人のファンを得ましたdrmarkgriffiths.wordpress.com。彼女のような物語は、語りを複雑にします——受け身の被害者ではなく、彼女は主導権を握り、自分のフェチから利益を得ているのであって、見る者に思い込みの問い直しを迫るのです。ソーシャルメディアはまた、実践者が可視性と権利のために集まる機会も与えてきました。「Feedists for Fat Liberation(ファット解放のためのフィーディストたち)」というグループは、宣言と用語集まで出し、対等な関係を強調しスティグマと闘うために、feederismではなくfeedismという語を使うことを訴えていますfatliberation.org。彼らはボディ・ポジティブの運動と歩調を合わせ、「体重増加やその他の性的な行為は、つねに合意にもとづかなければならない」と強調し、フィードイズムを正当な指向やライフスタイルとして受け入れることを促していますfatliberation.org。
フィーダリズムが今なお、ときに世間の反発にさらされることも、記しておくべきでしょう。フィーダリズムの話が拡散するたびに、コメント欄には、怖いもの見たさと道徳的なパニックの入りまじった反応が現れます——フィーダーを「肥満をあおっている」と非難したり、自傷の助長になぞらえたりする人さえいます。しかし、研究とコミュニティの働きかけのおかげで、対話は少しずつ、事実にもとづくものになってきました。「フィーダリズム研究」が今や通じる言葉になっている(そしてfeederism PubMedと検索すれば、実際に学術論文が見つかる)という事実は、この主題を、それにふさわしい複雑さとともに扱う進歩を示しています。ジャーナリストは今では、ただ眺めるのではなく、性科学者に意見を求めたり、研究を引いたりして、このフェチを説明することがあります。科学的な理解へ向かうこの流れ——社会学と性科学のレンズを通してフィーダリズムを見ること——は、言説を、ただの衝撃から、共感と探究のものへと組み立て直す助けになっています。
世間の議論における健康と倫理の問題
フィーダリズムは、世間の議論のなかでも、キンクのコミュニティの内側でも、健康と倫理の問いを避けがたく呼び起こします。性的な悦びのために、あえて大きくなり得る体重を増やすという考えは、とりわけ体づくりや健康を重んじる文化のなかでは、賛否を呼びます。ここでは、これらの点について語られていることを整理します。
- 身体的な健康リスク:もっともわかりやすい懸念は、極端な体重増加が健康を損ない得ることです。医療者は、桁外れの体重目標を追うフィーディーが、肥満に関連する問題——糖尿病、心臓病、可動性の低下、寿命の短縮——のリスクを負うことを心配します。1000ポンド(約454kg)に達しようとし、基本的な動作に介助を必要とした女性のような事例が、戒めの話として引かれてきました。公衆衛生の立場から、フィーダリズムを危険な行動を助長するものとして非難する声もあります。フィーダリズムのコミュニティでも、こうした懸念は認められていますが、しばしば捉え直されます。多くのフィーディーはほどほどの限界(動けなくなる状態よりずっと手前)を定め、体重の多さそのものより、悦びを優先します。健康上のリスクそのものをフェチ化する一群もいます——Feabieで「不健康になっていくこと」が上位のキンクに入っていたのを思い出してくださいfeabie.com。こうした人たちは、息切れするほどの重さや、体重計の大きな数字といった兆候をエロス化します。倫理の観点からは、これは合意にもとづく個人の選択——極端なボディ・モディフィケーションに近いもの——ですが、境界を押し広げていることは間違いありません。フィーダーのなかには、パートナーにより大きくなってほしい気持ちと、傷つけたくない気持ちとのあいだで揺れ、たえず話し合う人もいます。医師は、フィーダリズムの関係にある患者を診てきたと報告しており、率直な対話と定期的な経過観察を強調します。興味深いことに、食にまつわるフェチをもつ人を対象にした22年間の追跡研究(ある検索結果で見つかったもの)は、予想よりはるかに低い肥満率を見いだしましたがpmc.ncbi.nlm.nih.gov、それは別の文脈でした(おそらくフィーダリズムそのものではありません)。いずれにせよ、コミュニティの健康への意識は高まっています。栄養について語る実践者のブロガーもいますし(たとえば、栄養をとりながらどう体重を増やすか)、体を大きくしながらも、心血管の健康を保つために運動を取り入れるフィーディーもいます。
- 同意と力関係:倫理の面でくり返し問われるのが、フィーダリズムは搾取になり得るのか、という問いです。批判する人は、フィーダーが弱い立場のパートナーを操って太らせ、(とくにフィーディーが可動性の制約から依存するようになった場合に)孤立させかねない、と論じます。こうした筋書きは、一部の論者から家庭内暴力になぞらえられてきました。実際、Prohaskaの内容分析は、極端なかたちでは、フィーダリズムが虐待的で危険になり得る——たいていは男性が女性をその限界を超えて押しやるかたちで——と結論づけましたacademia.edu。いくつかの極端な逸話も報告されています——たとえば、恋人を太らせるために、こっそり食べものに薬を混ぜたフィーダーについてのインターネットの都市伝説です(もっとも、そうした話は裏づけがなく、コミュニティから強く非難されています)。フィーダリズムのコミュニティの立場は明確です。同意のない食べさせ方や強制は認められず、このフェチの本来の精神に反します。フィーディーが実際の主導権を握ることも多く、「やめたいときにやめる。食べさせてもらうのは私の空想だけれど、これは私の体だ」と語る人は少なくありません。健やかなフィーダリズムの関係では、フィーディーの心地よさと同意が最優先です。さらに、コミュニティの一部の女性は、家父長的な筋書き(大きな男性が無力な女性に食べものを無理にすすめる)が、自分たちの現実ではないと指摘します。筋書きをひっくり返す女性フィーダーは、これが本質的に男性の支配についての話ではないことを示す助けになります。それでも外部の観察者は、フィーダリズムが力を与えるもの(あらゆるサイズの体を祝い、タブーとされる欲望を受け入れるもの)なのか、それとも搾取的なもの(害になり得る体重増加を美化するもの)なのかを、議論しつづけています。答えはおそらく、それぞれの関係の力学によります——BDSMが同意しだいで愛情深くも虐待的にもなり得るように、フィーダリズムもその幅をもち得るのです。
- メンタルヘルスと摂食障害:もうひとつの懸念の領域が、心理的な側面です。フィーダリズムは摂食障害や心の健康の問題と関係があるのでしょうか。ここは扱いのむずかしいところです。フィーディーは、自分たちの行うことを、たとえば過食を主とする摂食障害とは区別します——意図と感情が異なるからです(フィーディーはエロティックな悦びを得て、しばしば自分で制御していると感じるのに対し、過食に苦しむ人は衝動と苦痛を感じます)。とはいえ、あえて大量の体重を増やすことは、その境目をあいまいにし得ます。フィーディーのなかには、自己評価に悩む人や、以前のトラウマに対処する手段としてこのフェチを用いる人もいるかもしれません(多くのパラフィリアについてそう理論づけられているように)。セラピストはたいてい、フィーダリズムに慎重に向き合います——クライアントが幸せで、合意のうえであれば、目標はフェチを「治す」ことではありません。しかし健康が重大な危険にさらされていたり、葛藤を抱えていたり(たとえば「フィーダリズムのフェチがあるのに、太っていく自分が嫌でたまらない」)する場合、セラピーはその内なる葛藤を解くことに焦点を当てるかもしれません。フィーダリズムと摂食障害を結びつける正式な研究は、ほとんどありません。逸話としては、健康や身体像に悪い影響が出ていたためにフェチから離れた、つまり体重を減らして「回復」したと語る、かつてのフィーディーも少数います。そうした事例へのコミュニティの反応は、たいてい支えとなるものです——身体の自律を重んじ、だれかが自分の健やかさのためにフィーダリズムを離れることを選ぶなら、その選択は尊重される、というのです。
- 世間の倫理的な議論:フィーダリズムは、扇情的な話が現れると、ときおり世間の議論に入り込み、こんな論争を呼びます。このフェチは、思いとどまらせるべきなのか。一部の評論家は、それを自傷になぞらえたり、(ドキュメンタリーやフェチ系サイトを通じて)それを広めることが、影響を受けやすい人に健康を害するよう仕向けかねない、と論じたりします。別の人たちは、太った体を愛好する人にも自分の性への権利があること、そして怒りの底にはしばしば社会の体型差別(ファットフォビア)があることを、反論として挙げます。悦びのために食べすぎることが不道徳なら、飲みすぎや、同意し合う大人が営む数々の不健康な楽しみはどうなのか、と彼らは問います。プライバシーの観点もあります——あるイギリスのリアリティ番組は、十分な文脈なしにフィーダーとフィーディーのカップルを撮影して物議をかもし、だれかのフェチを「暴く」ことの倫理をめぐる議論を呼びました。全体として、フィーダリズムは今も刺激的な話題でありつづけますが、議論は、反射的な辱めから、より繊細な見方——このフェチの存在を認め、同意と安全の大切さを強調し、健康の問題を、ただの恐れではなく事実にもとづいて扱う見方——へと、少しずつ移りつつあります。
- コミュニティによる自主的な規制:こうした懸念を受けとめ、フィーダリズムのコミュニティは、独自の倫理的な指針を育ててきました。多くのフィーダリズム系サイトには、未成年をにおわせるもの、同意の欠如、危険な行為(たとえば、病的な状態を引き起こす助言はたいてい削除されます)を示すコンテンツを禁じる規則があります。モデレーターは、極端なコンテンツに警告のタグをつけるよう利用者に促します。情報にもとづく同意が重んじられます——経験豊富なフィーディーは、大幅な体重増加が実際に何をともなうか(可動性の問題、社会的な偏見など)を新参者に助言し、目を開いたうえで踏み込めるようにします。この自主規制は、コミュニティの成熟の度合いを示しています。不健康な極端さを議論なしに美化するのではなく、バランスを見つけることについて、内部で対話が交わされているのです。あるフィーディストの運動グループの言葉を借りれば、「フィードイズムは、責任をもって行えば、健やかな性生活の一部になり得る。それは、害ではなく、合意にもとづく空想の実現についてのことだ」。
結論として、フィーダリズムは、世間の議論でも科学の議論でも、込み入った位置を占めています。それは体のサイズをめぐる文化的な規範に挑み、健康と倫理の、もっともな問いを投げかけます。これまでに科学が語ることは、フィーダリズムが正当な(まれではあっても)パラフィリアであり、合意のうえで実践され得ること、そして大半の参加者がそのリスクを慎重に舵取りしている、ということです。ケーススタディやコミュニティのデータは、典型的なフィーダリズムの関係が合意にもとづくもので、しばしば深く親密であることを示しておりen.wikipedia.org、暴君のようなフィーダーと苦しむフィーディーという戯画とは異なります。とはいえ、極端なかたち(動けなくなることを目指すなど)が人々を——それを空想だけのものとして扱う、フェチの内側の多くの人も含めて——もっともな理由で不安にさせることも確かです。研究と率直な対話が続くなかで、フィーダリズムは少しずつ、その謎のベールを脱ぎつつあります。私たちは今、その広がり(オンラインでは小さいながら確かなもの)、その多様さ(ソフトからエクストリームまで、一方向から相互まで)、そしてそのコミュニティの気風(同意、アイデンティティ、そしてそう、食と太っていることの悦び)を、よりよく理解しています。
フィーダリズムの研究とケーススタディを見ていくと、食と性がありふれないかたちで出会う世界への洞察が得られます。それは、欲望や制御、そして体についての思い込みを問い直すよう、私たちを誘う領域です。逸脱的と見るにせよ、人間の性のもうひとつの側面と見るにせよ、フィーダリズムは、キンクがどう育ち、コミュニティがどうその周りに形づくられるかを示す、興味深いケーススタディを与えてくれます。あるフィーディーがインタビューでこう茶化したように——「だれにだって、自分なりの『おかしさ』の味がある。私のは、たまたまドーナツと生クリームだっただけ」。科学と理解があれば、その「味」は、スティグマではなく、共感と知識をもって受けとめられるのです。
出典:研究とデータは、学術誌(たとえばArchives of Sexual Behaviorの症例報告pubmed.ncbi.nlm.nih.gov、社会学的な分析academia.eduacademia.edu)、コミュニティの調査(フィーダリズムの人口構成とキンクの順位についてのFeabieのレポートfeabie.comfeabie.com)、そしてサブカルチャーを記録したメディアや特集(フィーダリズムについてのViceやGuardianの記事などvice.comv ice.com)から引きました。すべての論点は、フィーダリズムというフェチについて正確で科学的な洞察を示すために、観察可能なデータに裏づけられています。


